大阪ミナミ「法善寺横丁」の水掛不動尊


大阪ミナミ・法善寺横丁にある水掛不動尊は、一般的には「水掛け不動さん」と親しみを込めて呼ばれています。
商売繁盛、恋愛成就、病気平癒・・・
お水を掛けて手を合わせる人が絶えません。

 

水をかけて願をかける

なぜ水を掛けるようになったのかは定かではありません。
戦前、お供えの意味で、生命のもとになる大切な水を供えていたのですが、ある女性が「お不動様、願いを叶えてくださいませ」と、水を掛けて手を合わせたといいます。その時より水を掛ける風習が生まれたそうな。


苔に包まれてた緑色になったお不動さん
こんな寒い朝にもお水を掛けられて寒くないんでしょうか?
遠慮がちにそお〜と水を掛けた小ネタ隊です。

 

ど、ど、童子の頭頂部が〜〜〜禿げている!

実は不動明王の前には左右に童子がいます。
その向かって右の童子の頭頂部が禿げているんです。

なんで?
お参りの方が水を掛け過ぎて禿げた?
他が緑々としているから余計そこが気になります。

隊長
緑があまりにも綺麗で人工芝を貼り付けているように見えるね〜
隊員
芝?苔です(笑)頭にペタって貼ってあげたい…

小ネタ隊がお参りさせていただいた後には外国からの観光客の皆さんが続きます。
知ってか知らずか、見よう見まねで、水を掛けていらっしゃいました。

 

昭和の大空襲、平成の大火災から復活した法善寺横丁

法善寺は1945年(昭和20年)の大阪大空襲で被災し、お不動さんと金毘羅堂、境内の露天だけが残りました。
この露天が戦後、盛り場として発展したものが、「法善寺横丁」です。
織田作之助の小説「夫婦善哉」の舞台として、また藤島恒夫の歌謡曲「月の法善寺横丁」としても知られています。

法善寺横丁西側の文字は藤山寛美の手によるもの

東西両端にある門にそれぞれ掲げられた「法善寺横丁」の文字は、西は藤山寛美、東は3代目桂春団治によるもの。
細い路地の両脇には、風情ある飲食店がぎっしり並んでいます。

店を開ける前に、水掛不動さんに手を合わせて商売繁盛を願うのがこのあたりの習わしです。

実は、この横丁は2002年(平成14年)と2003年(平成15年)の旧中座の火災により全焼してしまいました。今は、新しく建て替えられたものですが、見事に復活を果たし、昭和の面影は健在です。

隊員
がび〜ん。夫婦善哉、まだ開いてませんやん!

法善寺に来て夫婦善哉を食べないのは、ちょっと寂しいですが、まだ朝の9時。さすがに営業もされていません。
また、次回のお楽しみということで。

天龍山法善寺 西向不動明王(水掛け不動)
大阪市中央区難波1-2-16

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